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備忘録;母の役割もそろそろ終盤。55歳になる年からの日々の記録。

2024-7-2 術後4日目 / 退院後の正解は?

・バルン抜去済。
・痛み止め抜去済。
・アイスコーヒー少し。
・車椅子移動、エレベーターホールで面会。
・リハに対して、「帰らなあかんから(リハがんばる)」。


学生さんの看護計画にあるらしき、昼間は寝させない!からの、車椅子に座らせる、とか、面会はエレベーターホールで、とか?そのような流れで、エレベーターホールで話す。


同じことを何回も繰り返し話すことや、ふとしたときに見当識があいまいになることがあるけど、このくらいなら良い状態なんじゃない?という様子。



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面会終えて、1階エレベーター降りたところで4男嫁Fさんとばったり遭遇。


面会は10分って制限があるからね、降りて来るのを待って、近くのスーパーでちょっとだけお茶しておしゃべり。



この日は、姑のケアマネと面談の約束をしていました。
このたびの退院後についての相談をするためです。
3男Tさんと私とで、17;30ケアマネの事務所を訪ねました。


この方は、2年前初めて介護保険を活用するときの初めてのケアマネさんです。
私とは、お久しぶりですという挨拶から、Tさんとは、足首の骨折の時は大変でしたよねーと、笑い話。



実は実は姑は、5月末にも外で転けて、左腓骨を骨折していました。



その足首の手術は、2019年に左膝の骨折を手術してもらった病院でしたのですけど、術後2日目に、せん妄か認知症の見当識障害か、いや、そもそもの性格もそうなんですけども、なんでこんなとこにいる!こんなとこいたらおかしなるわ!と、呼び出された3男を杖で突いたりの大騒ぎをしたらしく、自主退院していました。


自宅に帰っても足首の手術をしたことは覚えていないので、でも痛くて、見たら傷があって腫れていて、なんでこんななってるとパニックで、3男や4男に電話をかけまくり、傷を覆うフィルムを外して刺身についていたようなアイスパックで冷やしたり。腫れに痛みが治らないので、徒歩20分のかかりつけ医に行ったり。


骨折の足首にプレートが入っている術後1週間にもならない85歳、往復1.5km歩くからね、認知症すごいわ。



左膝の骨折以来、片杖でゆっくり歩くのですけど、それでも何かの拍子にバランスを崩して転けることが多く、ひどく転けて顎が黒ずんでいたこともあったり、このたびは、5月末の足首骨折から1ヶ月のうちに2度目の骨折、1ヶ月の内に3か所の骨折になってしまっていました。


認知症もさることながら、85歳独居はいくらなんでももう無理、次転けたらどんな大怪我になるか、命に関わるだろう、ということで、遅ればせながらになるかな?老人施設入居準備する方が良い!となりました。


今は入院中なので、このケアマネIさんの管轄ではないようでした。
病院に「地域医療連携室」という窓口があるから、そこで相談するように、とアドバイスを受け、この日の面談は終了。



3男Tさんの車で3男嫁Yさんと次女Mちゃんを乗せて、実家近くのお好み焼き屋さんで夜ごはんをごちそうになりました。




術直後主治医からは、この急性期病棟から退院は、回復期病棟のある病院へ。回復期病棟でリハビリして自宅へ、と説明されました。


老人施設へ入居は、姑の性格から考えてもものすごく拒否するだろうから、認知症があともう少し進んで、そのへんがわからなくなってから入居した方が良いんじゃないかと、認知症がもう少し進むその時間稼ぎに、回復期病棟のリハビリ期間がちょうど良い、と思っていました。


結果的には、回復期病棟を挟まず老人施設入居になったのですけども。