go 55 go

備忘録;母の役割もそろそろ終盤。55歳になる年からの日々の記録。

2026-4-1 幸せが形になってやってきた♡

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長女がアメリカから戻った月曜夕方に入院して、明けた翌火曜深夜に誕生した長男の第一子は、母子共に健康に、無事に水曜午後に退院いたしました♡


病院にいた時間は約45時間ほど😆


帝王切開だともうちょっと入院させてもらうんだろうか?わからないけど、普通分娩だとこんなです。


ほんま、無茶よねー。お家のことしてくれる、ママ以外の人必要よねー。


退院したばかりのおうちにだけども、ちょびっとだけ、気持ちだけ、お赤飯を届けました。



一緒にお邪魔した長女にもお裾分け。



入院した日は、なんか忘れ物をしたから届けてほしいって言われて、Eちゃんママとドゥーラーさんがお留守番の長男家に取りに行って病院行く時に、長男にブランケットと水ボトルを届けました。


この夜ごはんは、長男は家で食べてきた言うので、食べ物は持たず。


私は、長女も次女も、その同じ病院で、同じ季節の頃出産したんだけど、無痛分娩で麻酔が効いたら、そして、入院中も、とにかく寒くて、夫にブランケットを持ってきてもらったので、Eちゃんが寒いといけないと思ったんだけども。


Eちゃんは全然寒くなくて、ずっと病室に付き添っている長男が、お部屋のソファーで横になるのに被ってたみたい。



赤ちゃんが生まれた午前中には、長男からなんか食べるもん持ってきてー、ってメッセージが来て、長女と2人で病院に行きました。


Eちゃん、疲れているだろうに、姑の私がその病室に出入りするの嫌じゃないのかな、って心配したけど、そんな様子はまるでなくて、


初産なのに予定日の前日に出産になった、そして、とってもぐんぐんスムーズにお産が進んだんだけども、ってことは、それは麻酔効くまでの間痛いかったでしょ、っていう、生まれるまでの体験を話してくれました。



つか、長男、食べるもん病院のカフェテリアに買いに行けよ!って思ったんだけども、Eちゃんや同室の赤ちゃんがかわいくって一緒にいたすぎて、心配でお部屋離れられへんとか言い訳な感じ😆


いや、つかつか、そんなずーーーーーーっと一緒にいるのねー、っていうのが、ちょっと意外。



いやいや、いるのか、初めの子やもんな、なんで夫は一旦帰ったん?ってなって、長女の時は長男いたからやったかな?次女の時はなんでやったっけ?


あれ、なんか記憶があいまい。


長女の時も次女の時も、お部屋にずっといたんやったかな?


どっちの時も、生まれる時は枕元にいたし、次女の時は麻酔の後、私はベッドで夫はお部屋のソファで、2人ともいびきかいて寝てたのは覚えてるけど。


次女の時は、入院してから麻酔するまで、陣痛が早く進むように廊下を歩いてきなさい言われて、夜中の暗い病院の廊下を、陣痛くるから立ち止まって耐えながら、ひとりで心細いな思いながら、のろのろ歩き回ってた記憶やねんけども。



赤ちゃんは、生後24時間で検査があって、それが問題なければ退院ということで、その夜はまだ退院できません。


長男に、夜ごはんも持ってきて言われたので、それではEちゃんママもお連れして、ってことで、私と長女とその日2度目の、で、次女も一緒に、Eちゃんママを迎えに行って病院に行きました。



赤ちゃんは3000g以上あったけど、やっぱりちっさーーーい♡


とてもかわいーーー♡


Eちゃんも長男もとってもとっても幸せそう♡


かわゆいかわゆい赤ちゃんと、幸せいっぱいの2人の様子は、我々も幸せ♡



3月31日火曜日;写真なし、中華スーパーのお惣菜。



4月1日水曜日;お赤飯とありあわせ。